2016.12.02(金)選手

ダイヤモンドアスリート第1回「リーダーシッププログラム」を実施! 為末大氏、小林りん氏が参加

 11月21日、味の素ナショナルトレーニングセンターで、2020年東京オリンピック、また、その後の国際大会での活躍が大いに期待できる次世代の競技者「ダイヤモンドアスリート」の第3期認定式を行った日本陸連は、同日より、認定者に向けたプログラムをスタートさせました。
第3期認定者に向けた最初のプログラムとなったのが、東京マラソン財団スポーツレガシー事業として運営される「リーダーシッププログラム」。同事業運営委員を務める為末大さん(男子400mH日本記録保持者、2001年・2005年世界選手権銅メダリスト)が監修を務めており、全4回で展開されます。
 第1回のこの日は、インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢代表理事の小林りんさんをゲストスピーカーに迎えて行われました。

 まず、冒頭で、山崎一彦・日本陸連強化委員会ディレクターが、
・ダイヤモンドアスリートには、陸上競技で一流になるだけではなく、その経験を通じて「国際人」として活躍する人材になることが期待されている、
・そのためにも現段階では、視野を広げてさまざまなことを見聞きしたうえで、競技に集中できるようになってほしい、
・失敗することによって視野が広がる。むしろ今のうちに、失敗をたくさん経験しておいてほしい、
・一流選手は、たいていは2つ以上のことを同時にできている。陸上競技以外の道も模索して、マルチタスクを確立してほしい、

と述べ、「みんなには“遠回りを最短で行く”ということをやってもらいたい」と、ダイヤモンドアスリートへ、その年代に陸上競技以外の時間を大事にすることの大切さを伝えて、ファシリテーターを務める監修者の為末氏にバトンタッチ。第1回リーダーシッププログラムがスタートしました。

 今回、ゲストスピーカーとして招かれた小林氏は、2014年に、軽井沢(長野県)に全寮制のインターナショナルスクール「インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)」を開校した人物。小林さんは代表理事として、世界各国から集まる高校生たちがさまざまな経験をしながら学んでいく姿を見守っています。為末さんは、「今日は、なぜ、こうした学校をつくろうと思ったのか小林さんの人生の話を聞いたり、今、やっていることから学んでいることを聞いたりして、みんなと一緒に話をしたい。会が終わったあとに、“自分はどんな国際人になりたいかな”ということが頭に浮かんでいてくれたらいいなと思う」と、小林さんをダイヤモンドアスリートたちに紹介しました。
 以下、小林さんの話、為末さんとの質疑応答、ダイヤモンドアスリートとの一問一答の模様を、ダイジェストでご報告します。

全寮制のインターナショナルスクールをつくった目的、きっかけ

小林:インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢は、3年前に開校した全寮制の高校で、7割の生徒が外国人、3割が日本人。外国人の生徒は、もともと日本に住んでいるわけではなく、ここで学ぶことを目的として、日本へ留学してくる。奨学金を出すことによって、世界中のいろいろな国から生徒が集まってきている。ミッションは、“チェンジメーカーを育てる”こと。どんな分野でも、どんな立場でもいいので、その場から世界をポジティブに変えていけるような人を育て、巣立っていってほしいと考えている。
こういう学校をつくろうと思い立った背景は、高校生のころまで遡る。私は、小学校から高校1年まで普通に日本の公立学校に通っていたが、高校1年のとき、いいところに目を向けようとしない高校の教育方針に疑問を抱いて中退し、全額奨学金を受けて、カナダの全寮制インターナショナルスクールに単身で留学した。英語が全く話せず、とても苦労したが、そこでの生活のなかで、他国から留学してきた友人の母国での本当に貧しい生活ぶりを目の当たりにし、日本の環境がいかに恵まれているかということを実感した。そのとき、“自分はなんて幸運なのだろう。その幸運は、自分のためだけに使うのではなく、たくさんの人たちのために使うべく授かったのではないか”という使命感を持ったことが、きっかけとなっている。

為末さんとのQ&A

為末:僕自身を振り返ると、中退する選択肢も、留学する選択肢も持っていなかった。日本の場合、進路についてはある程度、決まった道が敷かれていて、それはアスリートの場合でも同じ。中退する、留学すると決めたとき、家族の反応は? また、自分自身、怖さはなかった?
小林:一人娘だが、両親の反対はなかった。もともと父も転職を繰り返していた影響もあったのかもしれない。また、自分自身も怖いという思いはなかった。人生は1回しかない。それをどう生きていくかを真剣に考えたときに、いろいろな選択肢があると考えていて、自分の人生は自分の価値観で切り拓いていくんだという思いがあった。

為末:高校生のころに感じたことが、今の「学校をつくろう」という夢に、どうやってたどり着いたのか?
小林:「これだ」と思うものに巡りあうのは、小さなステップの積み重ねのような気がしている。興味があることができる仕事へと何度か転職を繰り返すなかで、今に至ったという感じである。

為末:小林さんの学校は、選手たちがオリンピックに行って、選手村に入るのと似ている状況のような気がする。実際に、学校で子どもたちを見ていて感じる日本の子どもの特徴、いい点、悪い点は? 
小林:私の学校では、日本人の生徒は3割なので少数派。特徴としては、良くも悪くも空気を読むのが得意で、最初はクラスの様子や誰がどういう感じの人かをすごく見ている感じがする。
私は、国際人は“やじろべえの支点”だと思っていて、本当の国際人は、その場を見た瞬時に支点がわかり、その立ち位置に立てる人と思っているのだが、日本人はそれが得意なのではないかと感じている。逆に、苦手なのは「NO」と言うこと。これがはっきり言えない人が多い。

為末:学校を始めてみて、改めて「国際的なリーダー」を定義するとしたら? “世界に通用する”というと、実は陸上界の場合は西洋に偏りがちなのだが、人口で見ると実際はそうではない。本当の意味でのグローバルという観点で考えたとき、どんなことが求められると思うか?
小林:学校でやっていることを挙げると、「多様性を生かしていく力」「問いを立てる力」「困難に挑戦する力」の3つを持っていることだと思う。
・多様性を生かしていく力:自分にとっての当たり前が、当たり前じゃない人だらけというのが国際社会。そのときに、“相手がどうして、自分が当たり前じゃない当たり前を持っているんだろう?”というところに気持ちがいく人、
・問いを立てる力:いろいろなことが混沌とした世の中のなかで、自分は何を一番大事に思っているかの軸がぶれない人、
・困難に挑戦する力:何かをまとめて進めていくとき、困難はつきもので抵抗勢力もいっぱいあると思うが、そのときに、困難を笑ってなぎ倒していける人、

そういう人のあとに、人はついてくるのではないかと思う。

ダイヤモンドアスリートとの一問一答

サニブラウン・アブデル・ハキーム(城西大城西高3年)

:高校を中退して留学したときは、英語ができなかったということで、とても大変だったと思うのだが、そのときに心がけていたこと、努力していたことは?
小林:高校のときもそうだが、今のこの学校づくりも本当に困難の連続だった。私の人生の座右の銘は、フランスの哲学者アランが書いた『幸福論』にある「悲観は気分に属するけれど、楽観は意思である」という言葉。意思を持って楽観していって、意思を持って未来を切り拓いていくことがすごく大事だし、周りもそれがすごく上手だと思う。困難に直面したときこそ、自分で意思を持って楽観していくことが大事だと思って生きている。

池川博史(滝川二高3年)

:インターナショナルスクールの生徒にはいろいろな国の人がいて、さまざまな言語や文化の違いがあると思う。一番困ったことは?
小林:先日、行われた学校説明会の際に、生徒たちが「困ったこと」として挙げたのが寮生活。「めちゃくちゃ苦労して、かつ一番勉強しました」と言っていた。例えば、寮の4人部屋に、シエラレオネから来た敬虔なクリスチャン、インドネシアから来たイスラム教徒の子、ミャンマーから来た仏教徒、宗教に興味のない日本人が一緒になって、それぞれ価値観が違うために、もめにもめながらも、一緒に生活していくために、半年くらいかけて寮生活のルールをつくっていった。また、男子寮の場合は、掃除をしても全然きれいにならないので、まずは「きれいの基準」をみんなで合意していく。半年くらいかけて1つ1つ決めていった。

江島雅紀(荏田高3年)

:さまざまな困難を乗り越えてきたと思うが、それを踏まえて、自分が人や生徒に対する接し方、話し方で心がけていることは?
小林:さっき話した“やじろべえの支点”にはすごく気をつけている。その場の雰囲気や、そこにいる人との距離感に対しては、身体中をアンテナにしてセンサーを鋭くするようにしている。その一方で、誰かと接するときに、相手を名刺や学歴で絶対に判断しないと決めている。これはベンチャーを経験していたころに学んだこと。時代は変わっていくので、そのときの立場や地位とは関係のないところでおつきあいしていくことが、人としてすごく大事なことだと思っている。

橋岡優輝(八王子高3年)

:会の最初に山崎先生が話した“若いうちに失敗しろ”ということで、今につながっているという失敗経験は?
小林:人生を振り返ると、失敗したときとか、暗黒時代(笑)が一番成長した気がする。例えば、留学したばかりの高校時代も、「勉強できない、友達できない、彼氏できない」の三重苦だったが、そのおかげで謙虚になった。それまで日本ではそこそこの進学校に行き、学級委員をやって…という感じだったので、集団のなかで発言できない人の痛みなどわからなかったが、言いたいことがいっぱいあるのに(英語が流暢でなかったために)話せないというようなことをたくさん経験して、その気持ちが理解できるようになった。あの時代がなかったら、自分は鼻持ちならない人間になっていたと思うし、すごく成長できたと思っている。あとはベンチャー時代。赤字続きでとても大変な思いをしたが、でも、そのときが一番成長したし、たくさんのことを勉強した。だから、最近は逆に、困難が降りかかってきたら、「これは、よりよい未来のための試練に違いない」と思えるようになっている。
為末:心の強さは、困難以外では鍛えられない気がする。一見どんなに強く見えても、困難がない人はもろいなという印象がある。
小林:高校でも、できるだけ失敗をしてもらっている。「プロジェクトウイーク」といって学校の授業を完全に休みにして、2週間でなんでもいいからプロジェクトをゼロからやってみるというのを毎年やっている。そうすると、チームによってはすごいことをやるが、チームによっては大失敗もある。見ていると危なかしいのだが、そこで言ったら失敗しない。失敗したらすごくつらいけれど、死にはしない。逆に言うと、失敗してもそこから学ぶことがあるいう経験をすると、次にリスクを取り除きやすくなる。若いうちに失敗しておくことはすごく大事。それが大きな舞台での体力につながっている気がしている。

山下 潤(筑波大1年)

:失敗して、落ち込むタイプか、それとも気にせず次に行くタイプか?
小林:若いときはすごく落ち込んでいた。ただ、さっき話したように何度も失敗して、それが長い目で見たときによかったなと思うことが繰り返されるうちに、今は、失敗してもあまり落ち込まないようになり、「これは、そういう運命なんだ。これでまた成長させてもらうために、この試練をもらったんだ」くらいに思えるようになっている。

北口榛花(日大1年)

:国際人になることも大切だと思うが、自分が日本人であることも大切にしなければいけないと思っている。自分が日本人だからこそできたと思うことはあるか?
小林:学校を日本でやっているのは、そこに理由がある。学校は世界のどこでやってもよかったのだが、日本と世界の架け橋になるのは日本人しかできないので日本に拠点を持ちたいと思った。また、この学校をつくることによって、日本の教育改革にもかかわり始めている。ただ、なんでそうなったかというと、海外に行って日本についていろいろと聞かれるなかで、自分が日本人であることを意識し、もっと知らなければと思うようになったから。きっと(北口さんも)海外に行って国際舞台に立つなかで、「日本人ってなんなんだろう」と考える機会が多かったから、そういう質問も出たのだろうと思う。私は、それがすべての原点…問われ続けて、自分でも問い続けることによって、自分だけの日本人らしさが出てくる気がする。
為末:人によって違う可能性があるということ?
小林:そう思う。
為末:北口さん、自分の特徴を説明してくださいと問われたら、どう答える?
北口:いろいろなスポーツをやってきていて、いつも前向きにとらえることが多くて、細かいことはあまり気にしないタイプと答える。
為末:それはおそらく日本のなかで、他の人との比較によって出てきた特徴だと思うので、海外では特徴が違ってくるかも。先々“日本ではそうなのだけど、グローバルの基準ではこう”というのが見えてくることがあって、そういう違いが見えてくるのとセットで、日本人らしさにも気づくのではないかと思う。

長 麻尋(和歌山北高2年)

:(ISAKの)高校生で、国を超えて共通点する点は?
小林:私たちの学校の生徒だからというのもあるかもしれないが、「自分は自分らしくありたい」という願望がすごく強いと思う。「同質でなければいけない」というプレッシャーが多いのは、日本だけではないのかもしれなくて、そういうプレッシャーが多い社会から解き放れて自分らしく生きたいという高校生がとても多い。そこに国籍の違いはない。

犬塚 渉(順大1年)

:つらいときや、失敗したときに、どうストレスを発散していたか?
小林:特に高校でカナダに行ったときは、あまりに英語がわからなくて、ストレスからノイローゼ状態になり、週に1回だけを決めて毎週親に国際電話をかけていた。そのときに親から「そんなにつらいなら帰っておいで。どんなに挫折しても、あんたはうちの子だから」と言われ、心から感謝した。自分はどんなことがあっても、どんなに惨めになっても、帰るところがあるという思いは、自分にとって大きな精神的な礎となった。それは今でも変わっておらず、今は結婚して夫も自分の家族も含めてとなるが、どんなになっても帰るところがあるというのが、自分が一番困難なときの最後の根底の拠り所になっていると思う。

為末:最後に、みんなへのメッセージを。
小林:松下幸之助さんの言葉で、「成功する人は諦めない人だ」という言葉がある。事業でもスポーツでも、どんなことをするに絶対に底を打つ一瞬がある。そのときに諦めたらそこで終わり…結果的に失敗だから…だが、そこで絶対に諦めずに、耐えて頑張る人だけが、振り返って成功者と呼ばれる。私は、今、学校ができあがったことでいろいろな賞をいただいているけれど、そんなことになるとは思わないくらいくらいの失敗の連続だった。皆さんの前途は洋々だとは思うが、そのなかで、つらいときこそ踏ん張りどきだということを胸に頑張ってもらえたらと思う。

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(取材・構成:児玉育美/JAAFメディアチーム)

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