2018.12.07(金)その他

【日本陸連×実業団連合】中距離指導者研修会レポートその1



海外の一流指導者を招聘しての中距離指導者研修会が、11月4日、東京・北区の味の素ナショナルトレーニングセンターにおいて行われました。この研修会は、近年、記録の水準が向上しつつある日本の中距離種目が、世界大会等で戦えるレベルへと到達することを目指して、中距離トレーニングの基礎、中長期トレーニング計画の立案や実施方法、レース戦略、コンディショニング等、国際的な視野に立った強化策を海外のトップコーチから学ぶべく、日本陸連と日本実業団陸上競技連合が共催して実現させたもの。アメリカ・オレゴントラッククラブエリートチームのヘッドコーチとして活躍するマーク・ローランド氏が来日し、実技指導と講義を行いました。

研修には、アジア大会代表の川元奨選手(スズキ浜松AC)、村島匠選手(福井県スポーツ協会)、北村夢選手(エディオン)、塩見綾乃選手(立命館大)、川田朱夏選手(東大阪大)など、日本リストの上位を占めるトップ選手が参加したほか、日本陸連および実業団連合の強化関係者が出席。さらに、一般公募に申し込みがあった指導者や競技者なども参加して、100名を超える聴講者が集まる盛況ぶりとなりました。

講師として来日したマーク・ローランドコーチは、1963年生まれのイギリス人。現役時代は3000mSCの選手として活躍し、1988年ソウルオリンピックでは銅メダルを獲得。自己記録の8分07秒96は、現在もイギリス記録として残っています。引退後は指導者となり、イギリスナショナルチームのコーチを務めたあと、2008年、アメリカ・オレゴントラッククラブエリートチームのヘッドコーチに就任。以来、ニック・シモンズ選手(アメリカ、2013年モスクワ世界選手権800m銀メダリスト、2012年ロンドン五輪同5位)をはじめとして、多くの国籍のプロランナーの指導にあたり、800mから10000mまで多数のオリンピック選手を輩出してきました。現在は、男子 800m の ナイジェル・エイモス選手(ボツワナ)、女子 800m のフランシー・ニョンサバ選手(ブルンジ)といったアフリカ系の選手も指導。エイモス選手とニョンサバ選手は、ともに今季は800mで世界リスト2位の成績を収めています。

指導方針は「選手の主体性を重んじつつ、トレーニングでは身体づくりと動きづくりを重視し、科学的データも取り入れて中長期的計画を管理する」というもの。ローランドコーチは、施設利用の関係で午前中に行われた実技では、身体づくりや動きづくりとして実際に取り入れているさまざまなドリルの一部を、ときには見本を見せながら指導。また、午後の講義では、実際に行った過去の練習メニューを提示しつつ、トレーニング計画の組み立て方や進め方、留意点などを詳細に説明していきました。

特徴的だったのが、その1つ1つは決して特別なものではなく、むしろ、「ファンダメンタル」(基礎、基本)なものばかりであったということ。この点について、司会進行役を務めた榎本靖士先生(筑波大)は、自身が昨冬、ローランドコーチの拠点であるオレゴン大学に短期留学して、実際のトレーニング現場を見てきた際の経験も踏まえて、「内容としては、教科書のような基本的な話が出てくると思うが、しかし、それが”絵に描いた餅”ではなく、その考えのもとで実際にトレーニングを進めているということ。実際に測定したり、選手に声をかけたりということをきちんとやっている。そのリアルな雰囲気が伝わればいいなと思う」とコメント。さらに、「実際に、スピード持久力、筋力等々、いろいろな要素をすべて取り入れていくなかで、ローランドコーチは、“バランスをどうとるか”ということをすごく考えて工夫している」と述べ、トレーニング計画を組み立てていくうえで、ローランドコーチが4週間を1つのサイクルとして捉えていることを挙げ、「すべての要素を常に強く練習してしまうと、適応がうまく起こらない。持続的に発展していけるように、4週間かけて、いろいろなものがよくなってくるようにバランスをとりながら進めていくところが1つの視点だと思う」と示唆しました。

以下、講義、実技の順に、その内容をご紹介します。


取材・構成、写真/児玉育美(JAAF メディアチーム)
監修/榎本靖士(筑波大学)

 

■講義:コーチングに当たっての原則、トレーニング計画の組み立て方、各トレーニング期における留意点

◎コーチングに当たっての原則
・まずは選手の特徴を把握すること。これは身体的な面と心理的な面の2つを知る必要がある。
・選手のコンディションなどは、メディカルのチームとタッグを組んでコントロールしている。
・選手の状態を把握するために医科学的な測定を行い、評価・確認する。
・選手1人1人をデータ化することによって、個々に合わせた練習方法を取り入れていく。
・新しい選手を預かるときは、詳細な個人データを集めるところから始め、それらを集めることができたら、選手当人と話をして年間の目標やペースなどを確認していく。
・シーズンベストや、練習時の目標記録などは最終目標から逆算して決めていく。


◎走トレーニング内容と強度
 走トレーニングの内容には、以下の方法があり、それぞれの内容は、上から順に、徐々に強度が高くなっていく。
心肺トレーニング
 ・トレーニングラン
 ・ロングラン
有酸素トレーニング
 ・ペースラン
 ・テンポインターバル
 ・ファルトレクトレーニング
最大酸素摂取量のレーニング
 ・VO2maxインターバル
レペティショントレーニング
 ・レペティション
 ・スプリント

◎走トレーニングと優先度
走トレーニングについては、「最大酸素摂取量のトレーニング、レペティショントレーニング、有酸素トレーニング」の3つがメインの要素となる。これらは、基礎つくり期(Basic Phase)、試合準備期(Preparation Phase)、試合期(Competition Phase)によって、優先順位が変わってくる」と述べました。具体的には、基礎期では、「有酸素トレーニング、レペティショントレーニング、最大酸素摂取量のトレーニング」の優先順だが、準備期になると、基礎期で最後だった最大酸素摂取量のトレーニングの優先度が徐々に前に来るようになる。しかし、優先度は下がっても、有酸素トレーニングはなくさない。また、試合期(試合直前)になると、ペースを守ることが一番重要となるため、レペティショントレーニングの優先度が最も高くなる。

◎年間スケジュールの概要と具体例
年間スケジュールは、その年の世界大会や全国大会を見据えて、そこから逆算していく形で設定されることになる。試合期は、目標とする試合、あるいはその年の開催時期によって変わってくるものの、アウトラインは下記のようになる。

1.導入期(3~6週間)
2.基礎つくり期(2×4~5週間もしくは3×3週間)
3.試合準備期(4~5週間、後の試合期とリンクすることもある)
4.試合期(4週間程度、前の試合準備期とリンクすることもある)
5.基礎つくり期(3~5月、その年の競技会スケジュールに応じて)
6.試合準備期(4~5週間)
7.試合期前半(6月下旬から7月)
8.試合期後半(8月および9月初旬)
9.回復期(9月終盤の3週間と10月の第1週目)


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年間スケジュールの例として、私が指導していたマイケル・イースト選手(イギリス、2004年アテネ五輪1500m6位)の2003~2004年の年間スケジュールをお見せしたい。海外では、9月でシーズンを区切るため、10月からスタートという形になる。また、最終的な目標は8月中~下旬に行われたアテネ五輪となるので、計画を組む際は、ここから逆算して、出場すべき試合や練習内容を配置していく。また、7月にオリンピックトライアルがあるので、オリンピックへの出場資格を得るために臨まなければならない試合も盛り込んでいく。こうしてできた年間スケジュールをもとに、いろいろと設定していくことになる。

◎試合に向けた各期の留意点、具体例
a)導入期
・導入期は、10月くらいの練習内容となる。どんなことをやるかというと、まずは、筋力つくり。これから取り組んでいくことになる練習量の多い時期に耐えられるような筋力をつくることが必要となっている。また、有酸素トレーニングも導入期に行うようにしている。

・筋力つくりは、ドリルやジャンプなどを行って高めていくが、このとき、理学療法士に頼んで筋肉の動きなどを見るようなテスト等を行ってもらい、このあとの練習方法を設定する。選手はそれぞれに筋肉のつくりが違う。こうしたテストの結果を通して、個人い合わせた練習方法を取り入れることができるようにしている。

・選手は、高い強度のトレーニングに耐えられるような身体つくりをまずつくる必要がある。私のチームでは、ドクター、トレーナー、理学療法士、そして栄養士などが、それぞれにつくことによって、選手のニーズに応えている。

・また、走りのドリルを行う際は、「吸収(接地)の力」「切り返し(反動)の力」「発生(推進)の力」3つが重要なポイントとなる。これを意識して取り組むようにすする。

b)基礎つくり期
基礎つくり期は、10月の中盤から11月にかけて行うトレーニング期となる。基礎的な練習を行う時期で、わりとメインになる。
高めていくのは、次の3つ。

・どのくらい楽に走れるかが必要となるので、有酸素性の部分を高めていく。具体的には、800mのインターバルで合計の距離が5~6km程度を行う。800mの強い選手であれば、8kmくらいまで行けることがある。スピードはかなりスローだが、こういった動きを通して、有酸素能力を上げていく。

・筋力を上げていくこと。ジムでのトレーニングで筋トレをしていく。

・ペースを変えながら、技術の進歩を促す。どのように練習するかというと、リカバリー2分で行う6~8kmのインターバルの場合、最初の1~2本はこのまま行うが、後半になると疲れてペースが落ちてしまうので、6kmだったものを半分の3kmに、8kmだったものを4kmにして、(ペースを落とさず)つなぐようにする。私は、1回の練習のなかでペースを変えることもけっこうやるタイプの指導者で、ペースを下げることもあるが、基本的には変えないように意識して行うようにしている。


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・上の表は、ストレングスコーチがつくった筋力トレーニングのメニューである。計画は、4週間のスパンで立てていて、この間は、メニューは変えない。また、ストレングスコーチがつくったメニューと、私がつくった走トレーニングのメニューが、うまくリンクしていることが前提となっている。

・筋力トレーニングは週に2回で、ウエイトトレーニングとしての休息は週2日。練習内容の負荷は少しずつ上がっていくことになる。どのようにして全部のメニューをこなせたかによって、一区切りとなる5週目のタイミングで、メニューを変えるのかそのまま継続するのかなどを決めていく。

・走りのコーチは私がメインになるので、私がつくるメニューと彼ら(ストレングスコース)のつくるメニューをリンクさせておく必要がある。例えば、火曜日にタイムトライアルを入れたいのであれば、前日の月曜日のジムの練習は楽にするといったような配慮をする。指導者が複数いる場合は、こういった形の連携は必須となる。

 
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・上の図は、1500m走に求められる要素を一覧したもの。具体的なここの説明は行わないが、さまざまな要素が求められるということを理解していただけると思う。日常のトレーニングでは、これらをすべてカバーできるように進めていく。
 

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・上の図は、イースト選手のテンポ走での乳酸の測定値を示したもの。1マイルを、1分~1分半のリカバリーで、同じペースで5本走り、その間に乳酸を測定し、状態をチェックしている。ペースの設定は、乳酸性閾値の向上を目指してやるのだが、乳酸値を測定することで、あまり上がりすぎないところでコントロールしている。よりコントロールしたペースをつくりだせるようになると、練習の強度が高くなっても、それに耐えることができるようになってくる。

・ここで言いたいのは、選手ができるからといって、そのままやらせるのがいいわけではなく、コントロールできるペースを高めていくということが大切であるということ。


・上の表は、実際の基礎つくり期の練習内容。2つに分かれているが、上が800m・1500mの選手を、下が5000mの選手を対象にしたものである。ここでは上の表について説明する。

・1週目と3週目は同じ内容を行い、4週目はリカバリーにあてている。

・ここで言いたいのは、3週にわたってメニューを組むことによって、「基礎」「実践」「回復」のすべての要素を盛り込んだメニューをつくっているということである。

・やりたいことを1週間に全部入れることは難しいので、1週目と2週目に分ける形でメニューを組んでいる。また、その週によって、大事にしたい練習内容は変わってくるので、もし、インターバルを大事にしたいのであれば、次に行うペース走などは少し楽にするなどの配慮をしている。ここでは、重要なものがしっかりやれるようにすることと、2週にわたって行うことを恐れないでメニューをつくることが大切である。

・選手によっては、ハードな練習や走りの練習が週3回続くと体力的に難しい場合もある。その場合は、下側にある5000mの選手用の表を見てもらうとわかるように、1週目で走るのを3回にしたら、2週目は2回にするというように、選手に合わせて調整する。

c)冬の試合準備期
・試合準備期ののちに、室内シーズンに向けた試合期を迎えることになる。私の設定でいくと、12月から1月後半にかけて行うものとなる。この期間で、選手を実際に競争させることによって、個人の状況などを推し量っていく。

・大切になってくるのは、トレーニングに対応した身体ができているかを把握すること。また、ケガなどの状況を確認するのもこの時期になる。また、導入期や基礎つくり期に取り入れた有酸素性の走りを残しておきながらも、少しずつ走りが大きく、アグレッシブになるような練習方法にしていく。

・アメリカやヨーロッパでは、1~2月は室内競技会があるので、試合準備期というよりは試合期になってしまうケースもある。その場合は、冬期トレーニング独特の練習ともいえる有酸素性の走りを積むといった部分はなくさずに、でも、試合に臨めるような形をとるようにしたい。

・また、試合などがないときは、「中間テスト」みたいな形で確認を行う。9月に確認した筋力テスト以降、どう身体が発達しているのかをチェックするイメージである。内容は、身体の状態。ケガの有無、筋肉のつくりなど。チェックした身体の結果から、次の基礎つくり期に高地トレーニングを行うべきかを検討する。また、ここで確認したヘモグロビンの数値などは、夏の基礎つくり期のトレーニングで参考にすることになる。

・コーチとして大事なのは、選手がどのように走れているか、どのように感じているかということ。動きがいいと思ったら、そのまま続けていくし、動きが良くない、走りが良くないと感じたのであれば、何かを変えるきっかけにもなる。もし、何かを変える、練習を変える必要があるとしたら、その判断を下すのは、次の基礎期の前となるこの時期が最終的な段階となる。

d)夏の基礎つくり期
・最初の試合期のあと、少し休憩を挟んで、夏に向けた基礎つくり期に入っていくわけだが、この時期(夏)と最初の基礎つくり期(冬)との大きな違いは、夏のほうがペースの速い練習を重ねることができることである。

・この時期も4週間かけて練習していくが、有酸素性の走りも取り入れながらも、最大酸素摂取量で走るものも組み合わせて行っていく。やりたいことがたくさんできてくる時期でもあるが、欲張りすぎず、やらなくてはいけない部分だけを盛り込むように組み立てていく。

・また、「中間テスト」とたとえた前述の身体チェックの結果に応じては、この時期に高地トレーニングを行う。


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・上の表は、ニック・シモンズ選手の2013年モスクワ世界選手権前の練習計画例。シモンズ選手は、どちらかというと1500m型の選手。トレーニングにおける走距離やペースは1500m寄りのメニューの組み方をして、表の最後にあるレースに向けて、身体をつくっていった。

・今、「1500m型」と述べたが、ここで、エイモス選手のような「400m・800m型」との違いを説明したい。強度が高く、量も多い練習が1500m型の特徴。シモンズ選手は、身体も大きく、有酸素性のトレーニングにおいて限界まで追い込めるタイプの選手だったので、練習を午前中に行ったら、午後は水泳などをして身体をクールダウンさせるといった練習方法にしていた。それに対してエイモス選手は、短い距離を走るほうが得意で、長い距離を走るのは苦手なタイプ。例えば、400m×10本のメニューでは、200m×10本を2セットといったように、距離を短くし、スプリンター的な内容に変更して行うようにしていた。

・シモンズ選手の例に話を戻すと、この時期、4マイルのペース走をまず木曜日に行う(3月25日の週の4コマ目:4m + 6×200m)と、次の月曜日にスピードの練習(4月1日の週の1コマ目)を行い、このパターンを繰り返すような内容にしていた。

・第1週で一番大事にしたいのは、土曜日に行う内容(3×4×300m)。なので、木曜日に行う4マイル+200m×6の練習は、あまりつらすぎないように設定しないと、最も大事にしたい練習ができなくなってしまうため、そこに配慮して組み立てるようにしていた。

<夏の基礎つくり期のポイント>
・夏の準備期に大事なところは、身体をしっかり整えておくこと。また、高地トレーニングを実施することもあって、私は、この時期にすべての選手を招集して、みんなでトレーニングを行うようにしている。

・また、この時期に、選手と実際にコミュニケーションをとることで、選手のメンタル的な面や身体的な面がどんな状態にあるかを把握する。コミュニケーションをとることが大事なのがこの時期といえる。

・この時期に、どれだけ安定して走れるかということは、次のシーズンを占う指標となる。もし、1分44秒台で走りたい選手がいるのなら、400mを安定して50秒2くらいで走る必要があるわけだが、これは季節によっては必ずしもいつも同じようなペースで走れるわけではない。この夏の基礎つくり期は、それが確認しやすい時期といえる。

e)夏の試合準備期
・この時期が、選手にとっても、コーチにとって大事に時期となる。互いにコミュニケーションをとり、慎重にトレーニングを進めていくことが必要で、それができるかどうかは次のシーズンを変えるものになってしまう。

・バランスのいい練習メニューを組みながらも、しっかりと試合に向かっていけるような練習メニューを設定することが、この時期に一番大事にしなければならないことである。

・また、この時期は、力いっぱい目いっぱい走らせるというよりは、1500mなどを多く走らせることによって、有酸素性の走りをまだ残しつつも、質の高い練習ができるようにしている。

・ここでいえるのが、試合前の時期になると練習の設定が難しくなるということ。コーチとしては、すべての選手に同じメニューを一緒にやらせたいのだが、全員に該当しない場合も往々にしてある。そういう場合は、個別の内容を行わせる必要がある。1500m型のシモンズ選手の場合は、800m以上の距離を走らせることも可能だったが、必ずしも、それができないことも多い。そういった面での調整が非常に難しい時期ともいえる。


・上の表は、シモンズ選手の夏の試合準備期の練習計画。これは、高地トレーニングが終わった直後のメニューとなる。ここで大事なのは、高地トレーニングの結果を把握するために、平地でどのくらいの走りをするか見る必要があること。また、私は、800m選手の場合、この時期に1500mを走ることを目標にしていくと、実際に試合期に入ったとき、うまくいくようになると考えている。

・この試合準備期というのは、指導者として非常にきつい。というのも、ここで選手がそのままうまく走ってくれたら、そのままの流れと勢いで選手も行ってくれるが、ここでうまくいかないと悩んでしまうから。選手にとっても指導者にとっても難しい時期といえる。また、このメニューの前までの時期は、有酸素系の練習が多かったが、この時期から初めて「どのように走っているのか」を確認することが必要になってくるため、心理的にも非常にナーバスになりやすい時期といえる。

・このときには、5月13日の週に1500mのレース(OXY1500m)を入れているが、ここでパーソナルベストを出すことが、この4週間の目標となっていて、実際に3分36秒07の自己ベストをマークした。このあと、シモンズ選手がどのようにタイムが変化していったかというと、1500mのレースを走った1週間後に初めての800mに出て1分44秒台をマーク。タイムはいいが、かなり楽に走っていた。その4週間後に全米選手権があったのだが、この年は、おそらく3位内(世界選手権の代表条件)には入れるだろうということで、全米選手権はベストの状態にならないように調整し、全米選手権後にタイムが出せるような流れをつくっていた。

・この時期は、高地トレーニングの結果を踏まえて、どのくらいスピードのメニューを加えていくかを割り出して、メニューをつくっていく。この練習計画表においてOXY1500mで自己ベストを出すためにどう組み立てているかを説明すると、5月6日の週の2コマ目の練習(1km、800m、600m、2×200m)が実際の試合に近い形の練習。こうしたポイント練習は、実際の試合の日から逆算して決めて設定している。また、この練習のための練習がその前の週(4月29日の週の2コマ目)の練習で、その練習のための練習がその前の週の練習という形で、火曜日の内容を大事にしていた。

・表を見れば、リズム、テンポを守る設定タイムにしているのがわかると思う。3×4×200の練習(4月22日の週の2コマ目)は、要するに800mを走るわけだが、この時期に1分52秒で800mを走るのはすごく難しいと思うので、800mではなく、200mを28~26秒台で走らせることによって、最終的には1分50秒くらいを走っているのと同じような強度になるタイム設定にしていた。この練習は、当時の彼にとっては、すごく新しいもの。私がイギリスからアメリカに拠点を移して間もないころに出していたメニューである。

・見てもわかると思うが、練習日も多く、内容もつらいものが多い。ほかの選手ができるかというとできないメニューだと思う。こういった努力があって、結果が出せたといえる。

f)試合期
・いよいよ試合期の話に入っていくが、ここからは800mに特化した話をしていきたい。

・800mの選手で、パーソナルベストが出るまでに何試合こなしていくかを考えた場合、おそらく5~7試合だと思う。私は、7試合目あたりでパーソナルベストを出せるようにしたいと考えていて、6試合目だと、ちょっとピークが早すぎるように思っている。このように、試合をこなすことによってシーズンに流れをつけて、少しずつパーソナルベストに近づけていくわけだが、選手の状態は個々に違うので、そこはコーチがしっかりと見極める必要がある。

・試合期は前半と後半に分けることができる。前半は技術的な面を育てる時期でもある。また、後半では最大目標の試合に近づいていく時期となるために、先頭で走っても、真ん中で走っても、最後尾で走っても、最終的には同じくらいのタイムで走れるようにしていく。そういった技術的なものを、ここでしっかりとらえておく必要がある。


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・上の表は、全米選手権に向けてシモンズ選手が実施した練習計画例である。先ほどもお伝えしたが、目標とする試合から逆算して、ポイント練習を設定することが大事。また、ほかの練習は、そのポイント練習をもとに、組んでいく必要がある。

・試合が近づいていくので、練習は、1500m向けの内容だった試合前期とは異なり、800mに特化した内容に変えている。

・見てわかるように、ポイント練習の内容は、リカバリーを取らないと回復できない負荷のメニューとなる。このため、それに応じて周りの練習も変えていく必要がある。ポイント練習前の練習ではスピードを重視するよりは有酸素系のものを取り入れ、またポイント練習後はロングジョグなどを入れて体力が落ちないようにしている。これによって、ポイント練習以外の日も、軽いけれど練習量を確保する方法をとっている。

・この全米選手権後は、また、1500mを走らせて、4~5週間後の世界選手権に向けていくという流れになった。実際に、ダイヤモンドリーグの試合をいくつかこなしたのだが、800mでなく1500mのレースの数を多くして、メニューとしても1500m型のメニューに戻した。そして、世界選手権が近づくにつれて、再び400m・800m系の練習にしていくことでスピードを高め、本番で800mの試合に臨むという流れである。ここでもやはり、試合から逆算して何週であるかによってメニューを設定していくわけである。

◎まとめ
・指導に当たる際、留意する点をまとめると以下の通りとなる。

・まずは、遺伝的な問題。両親がどのような身体特性を持つのか、あるは、どういった人物であるかは把握しておく必要がある。世界で活躍する選手になるためには、遺伝的なものや、いい態度でプレッシャーに対応できるといったメンタルの部分が、重要な鍵になってくる。

・また、筋力を高めることがスピードを高めることにつながるのかどうかは、選手と指導者で、話し合って考えていく必要がある。私の選手の育て方としては、若いうちにいろいろなことをやらせてから、1つの種目に集中させるのがいいのかなと思う。

・トレーニング以外の面も非常に大切。きちんと休養をとる、しっかり睡眠をとる、きちんと身体のケアをする、栄養を摂るといったことを重要視する必要がある。それぞれに生まれ持った才能には差があるが、いい選手になるためには継続して練習する必要があり、それを可能にできるような状態を保つ必要がある。日常的にリカバリーをしっかりとれるようになると、ケガのリスクも低くなる。

・また、能力を高めていくためには、辛抱強くやる必要がある。

◎皆さんへ伝えたいこと
・科学的なデータよりも、選手の考え、気持ちが重要。強い気持ちを持つことがいい結果につながっていく。

・「何を言うのか、どこで言うのか、それは意味があるのか」ということを、感情的にならずにしっかりと組み立てて、きちんと伝えなくてはならない。これは指導者の皆さんに、特に留意してほしい。

・指導者が、スポーツサイエンスを理解しておくことは必須である。

・古すぎる情報を使ってはいけない。できるだけ今風のやり方、科学的な進め方をする必要がある。

・選手と指導者のコミュニケーション、そして指導者がしっかりと選手を観察することが大切。

・選手も、指導者も、「自分らしく競技すること」「自分らしく教えること」が大切。そのためには、自分自身を信じることも非常に重要になってくる。

・トレーニングを進めていく際は、どんな練習内容も必ず、すべて盛り込む必要がある。心肺機能だったり筋力トレーニングだったりと、さまざまあるが、それらのすべてを漏れなくしっかり自分の練習メニューのサイクルに取り入れること。それが成功の鍵となる。

・もちろん継続して練習を行うこともそうだが、800mと1500mの選手にとって最も大切なのは、練習で取り組んできたものを、実際に試合で発揮できること。有酸素運動のなかでどれくらい高いスピードを出していけるかということが、非常に重要である。



> レポートその2【中距離指導者研修会】に続く

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